UEDA GROUP
Department of Physics, The University of Tokyo
雑 記


物理学 量子論の魅力とパラダイムシフト(培風館『図書目録』p.109, 2006年)

量子力学の教授法の主流は今も昔も「習うより慣れろ」である。粒子と波動の二重性、不確定性原理、観測による波束の収縮、非局所相関などに関して、量子力学をはじめて学んだ人の誰もが感じる疑問をあまり深く悩むことはせず、とりあえず、いろいろな問題を解いていればそのうちにわかった気になるというものである。物理学は原理から出発して一歩一歩自然の真理に近づくことを目的とする学問であるという立場からすると、このような教授法はそもそも自己矛盾しているようで、はなはだ具合が悪い。

実は、量子力学の理論体系とその予言する結果に関するあいまいさはほとんどない。二重性然り、不確定性原理然り、非局所相関然り、である。観測問題では、波束の収縮がいつ起こるかという点に任意性があるがそれが観測結果に影響を与えないように理論ができているという点がミソである。アインシュタインード・ブロイの関係式や電子が分割できない等の簡単な実験事実から出発して不確定性関係など量子論のほとんどすべての基本事項が導けることを理解したとき、また、それらが相対論と矛盾しないようにできている(これは 実は自明ではない)という論理的整合性の高さを理解したとき、我々は深い知的興奮を覚えるのである。同時に、非局所性などの直感に反する驚くべき予言が実験によって高い精度で実証されることを知ることによって、自然の深遠さに深い感動を覚えることができる。

量子力学から導かれる予言が実験によって検証されること、普通は、これがさまざまな現象に対して繰り返し実証されると、単に曖昧さが消えるだけでなく不思議さもなくなるものである。「習うより慣れろ」といわれるゆえんである。しかし、量子論は、このようなプロセスを経ることによって、曖昧さがないことは得心されるのだが、不思議さがより一層深まるのである。むしろ、解釈を拒絶した深い真理が垣間見えるようにすら思える。 量子情報分野の発展により、波束の収縮や非局所性という量子論の不思議な性質を単に受け入れるだけではなく、それらを古典論に存在しないデバイス原理として積極的に応用しようとする大きな流れが生まれている。私は、これは量子論におけるパラダイムシフトであると考えている。量子情報や超精密測定の進歩が、今なお神秘のベールに包まれた量子論のより深い理解へと我々を導いてくれることを期待したい。