雑 記
ボース・アインシュタイン凝縮
(講談社『現代物理学の世界 トップ研究者からのメッセージ 』
二宮正夫 編集 (共著)pp. 51-58, 2010年)
ボース・アインシュタイン凝縮とは何か
ボース・アインシュタイン凝縮(Bose-Einstein condensation, 以下BEC)という言葉は、大学1、2年生の皆さんにはあまりなじみのない言葉かもしれません。他方、超伝導、超流動、レーザーは見たり聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。実は、BECはこれらの現象を引き起こす最も基本的なメカニズムなのです。BECは、1924年にアインシュタインにより予言されました。しかし、あまりに特異な効果であったために、その実現可能性についてはアインシュタイン自身も懐疑的であったと言われています。その後、BECは質量数が4のヘリウム (4He)の超流動の本質であることが次第に認識されるようになりました。超流動とは、液体が粘性を持たずに流れ続ける現象を言います。電流の電気抵抗が消滅する超伝導も、本質的には超流動と同じ現象です。今日では、数多くの超伝導現象の背後にある物理がBECであることが知られています。特に、1995年に原子の気体がBECを起こすことが実験で示されました。こうして4He超流動のような液体だけではなく、気体もまた超流動になることが明らかになったのです。この発見が契機となり、BEC研究は世界中で爆発的な勢いで広がりつつあります。実際、1997年、2001年、2005年のノーベル物理学賞がBECに関連する分野の研究者に与えられたという事実からも、この研究分野に対する世界の研究者の関心の高さが想像できます。現在では、BECは相対性理論、光量子仮説、ブラウン運動などと並び、アインシュタインの最も偉大な業績の1つとして位置づけられています。
超流動、超伝導、レーザー光を生み出すBECとは一体何でしょうか。BECは、系を構成する1つ1つの粒子が完全に同期して運動する結果、ミクロな世界を支配する量子力学的性質がマクロに増幅されるメカニズムであるといえます。ここで、量子力学的性質とは、粒子のように振舞うと考えられている原子が波として振舞って干渉効果を示したり、波であると考えられていた光が光子とよばれるエネルギーのかたまりとして粒子的に振舞うことをいいます。量子力学は、この「粒子―波動二重性」を使ってニュートン力学と波動理論を統一したのです。系を構成する原子は、普通はばらばらに振舞うために波としての効果は打ち消されて見えません。しかし、BECが起こると原子のミクロな波が強め合ってマクロな波になるのです。逆に、多数個の原子の波が強め合って大きな波になる効果をBECと呼びます。それゆえ、原子集団がBECを起こすと超流動現象のようにマクロな量子力学的効果が生み出されます。蛍光灯の光はそれを構成する光子がばらばらな方向に進むために部屋を明るくすることができます。これに対して、レーザー光が広がらずに直進するのは、それに含まれるすべての光子が同じ波長、同じ振動数、同じ方向に進む光子集団のBECとなっているからです。同様に、原子がBECを起こすとレーザー光のように振幅の大きな波として振舞い、目で見えるほどのマクロなスケールで干渉現象を引き起こします。
超流動とマクロな波動関数
原子と光子はともにBECを引き起こしますが、両者には違いもあります。光子と光子の間には、引っ張り合ったり反発し合ったりする力(これを相互作用といいます)が働きません。それゆえ、光子は真空中を直進する一方で、物があると容易に散乱されます。原子間には相互作用が働き集団として運動するために、ひとたびBECが起こるとその状態は簡単には壊れません。その結果、超流動と呼ばれる数多くの驚くべき効果が生まれます。たとえば、普通の液体をドーナツ状の容器に入れて回転させた後で容器を止めると、液体は粘性のためにやがて静止します。ところが、4Heは、約2K(マイナス271℃)よりも低温でBECを起こし、ひとたび回転すると容器を止めても回転し続けます。これが永久流と呼ばれる超流動現象です。金属が超電導になると同様の現象が生じ、ひとたび流れた電流は半永久的に流れ続けます。
量子力学によると、原子の状態は波動関数と呼ばれる複素数の関数ψによって記述されます。この複素関数を
ψ=|ψ|eiφのように振幅|ψ|と位相φに分けると、振幅の自乗|ψ|2が原子の存在確率を与え、位相が干渉効果を引き起こします。BECが起こると、マクロな数の原子が同じ振る舞いをしますので、それらは同じ波動関数で記述されます。これをマクロな波動関数と呼びます。マクロな波動関数は、多数の原子が秩序だって運動する結果生じるので秩序変数とも呼ばれます。原子間に斥力相互作用が働くと多数の原子の運動が相互にしっかりと連動し、マクロな波動関数は「硬く」なります。つまり、振幅|ψ|は容易には変化できなくなるのです。したがって、たとえ容器の壁にミクロなでこぼこ(散乱体)があっても原子は散乱されにくくなり、超流動は減衰せずに流れ続けることができるのです。
波は干渉効果を引き起こしますが、同様の効果は、マクロな波動関数で記述される超流動にも起こります。波動関数がψ1=Aeiαとψ2=Aeiβで記述される超流動の重ね合わせの状態は ψ1+ψ2 で表されるので、粒子の存在確率は
n=|ψ1+ψ2|2=2A2[1+cos(α-β)] に従って変化します。このことから、位相差 α-β が空間的に変化すると粒子数分布も変化するので粒子の流れが生じます。位相差が小さい場合は、粒子数分布の空間変化は位相差に比例するので、波動関数の位相の変化に比例して超流動が流れるという結論が得られます。波動関数の位相は古典力学では存在しない量子力学的な量なので、超流動現象はまさにマクロな量子現象だと言えます。
超伝導は電子対のダンス
ヘリウムのように電気的に中性な粒子の場合は、超流動と言いますが、電子のように電荷をもった粒子の超流動は超伝導と呼ばれます。そこで、次にBECと超伝導の関係について述べます。超伝導電流の担い手は電子です。ところが、4He原子と異なり電子はミクロなレベルで完全に同じに振る舞うことはできません。これは、同じ状態には電子が2個以上存在できないことを要請するパウリの排他原理の帰結です。皆さんは、化学で原子のK殻、L殻、…に電子が2個、8個…と詰まっていくことを学ばれたと思います。K殻に電子が2個しか入れない理由は、K殻には電子の軌道は1種類しかなく、そこには、スピンが上向きの電子と下向きの電子がそれぞれ1個ずつしか入れないからです。同様に、L殻には4種類の軌道がありそれぞれに電子が2個ずつ入れるので最大8個まで電子が入ることができます。一般に、素粒子や原子、分子は、パウリの排他原理に従うフェルミ粒子と、従わないボース粒子の2種類に大別されます。プランク定数hを2πで割った量であるħの整数倍(0, ħ, 2ħ, 3ħ, …)のスピンをもった粒子はボース粒子、半整数倍(ħ/2, 3ħ/2, 5 ħ/2, …)のスピンをもった粒子はフェルミ粒子です。4Heのスピンは0なのでボース粒子、光子のスピンはħなのでやはりボース粒子、他方、電子のスピンはħ/2 なのでフェルミ粒子になります。したがって、電子はそのままではBECを起こすことができず、超伝導にはなれません。超伝導現象は1911年にカメリン・オネスによって発見されましたが、その本質がバーディーン、クーパー、シュリーファー (Bardeen、Cooper、Schrieffer、以下BCS)により解明されたのは1957年でした。超伝導のメカニズムの解明には数多くの物理学者が取り組んだにもかかわらず、こんなにも長く時間がかかった理由は、電子がフェルミ統計に従うのでそのままでは同一の運動ができないという事情があったのです。一方、ボース粒子である4Heの超流動がBECであることは、1938年に F. ロンドンによって指摘されました。
BCSのアイデアは、2個の電子が対を作れば、その対はボース粒子のように振る舞い、対の重心運動がBECを起こすというものです。実際、2個の電子の合成スピンは、スピンが平行な場合は ħ/2+ ħ/2= ħ、反並行な場合は ħ/2-ħ/2=0となり、いずれの場合もħの整数倍となりボース統計に従います。つまり、電子が対を作るような相互作用が存在すれば、電子対がBECを起こすことにより系は超伝導を起こすことができるのです。このような対をクーパー対と言います。系が超伝導になると、多数のクーパー対の重心が同じ波動関数で記述されるようになり、全体がマクロな波動関数で記述されるようになります。リング状の超伝導体に電流を流すと、それは半永久に流れ続けます。しかし、電気抵抗が消滅し永久電流が流れるメカニズムは、ボース粒子の場合とは異なります。なぜなら、対を作っている電子自身は、依然としてパウリの排他原理に従わなければならないからです。
電気抵抗は、電子が不純物によって散乱されてエネルギーを失うことによって生じます。ところが、超伝導になるとそのような散乱が禁止されるのです。その理由を直感的に理解するために、次のような状況を考えましょう。電子を人、スピンが上(下)向きの電子を男(女)となぞらえ、クーパー対の運動を男女のペアーがダンスを踊ることであると考えましょう。低温ではパウリの排他原理に従って電子はエネルギーの低い状態から順にぎっしりと詰まっていますが、これはダンスホールが人で満員になった状態に対応します。そのような状況の中でも、パウリの排他原理のために各ペアーは隣の人の足を踏まないように踊らなければなりません。さて、電流が流れる状況は、ダンスホールが傾いてすべての人が一斉に傾いた方向へ動き出すことに相当します。隣の人の足を踏むことなく一斉に動くためには、すべてのペアーが完全に同期したステップを踏みながら動かなければなりません。途中に障害物(散乱体)があっても、パウリの排他原理のために余分なエネルギーを使うことなくそれにつまづく(散乱される)ことができず、全員が足並みをそろえて障害物を避けようとします。そのような集団運動は抵抗を生じません。このように、超伝導における電気抵抗の消失は、クーパー対が形成され、それがボース・アインシュタイン凝縮することによりマクロな運動状態が形成され、しかも、パウリの排他原理により電子が独立に散乱されることが禁止されているという、精妙な機構が働く結果生じることがお分かりいただけたと思います。
冷却原子気体研究の魅力 -レーザー冷却からボースノヴァまで
BECは、超流動や超伝導の本質と深く関係し、これまでも多くの研究がなされてきました。とりわけ、1995年に原子の気体を使ってBECが実現して以来、原子物理学、物性物理学、量子情報などさまざまな分野の研究者を巻き込んだ非常に学際的な研究分野が形成されつつあります。冷却原子気体の特長の一つは、レーザー冷却法(1997年ノーベル物理学賞)と呼ばれる新しい原理などを利用して、1ナノケルビン(10-9K)という宇宙で最も低い温度まで原子を冷却することができます。レーザーというと、物を熱するというイメージがあると思いますが、光子と原子のエネルギーがとびとびの値しか取れないという量子力学的性質を巧みに利用することで、原子を冷やすことができます。さらに、フェッシュバッハ共鳴法という方法で原子間の相互作用を自在に制御することができるようになりました。また、冷却された原子の「容器」は、固体の容器ではなく、磁場やレーザー光を使って作られるので、表面にミクロな凹凸がありません。今、2本のレーザーを対向するように配置して定在波を作れば、光の波長の半分の間隔でポテンシャルの谷と山が格子状に交互に並び、原子を規則的に配列することができます。これは光格子と呼ばれ、不純物を一切含まない完全結晶の役割を果たします。その中を、原子は固体中の電子のように自由に運動でき、また、原子間の相互作用も自在に制御できます。こうして、物質を特徴づけるほとんどすべてのパラメーターを自在に操れる人工量子物質が誕生しました。
このような人工物質を使うことにより、これまでは純粋な思考実験でしかなかったさまざまなアイデアを、実験で検証することができるようになりました。たとえば、質量数が6の6Li という原子はフェルミ粒子であり、これを光 ポテンシャルに閉じ込めることにより固体中の伝導電子の性質を研究することができます。原子間相互作用を斥力から引力まで自在に変調することができ、特に、相互作用が強い極限状態での超流動の性質を実験的に研究できるようになりました。この状態は、クォーク・グルーオン・プラズマと呼ばれる原子核物理に見られる物質と類似の性質を示すことが知られており、現在精力的に研究が進められています。また、そのようなフェルミ超流動を光格子中で実現することにより、高温超伝導体と同様の状態を実現し、それにより高温超伝導のメカニズムを解明しようという研究も進められています。
他方、85Rb というボース粒子系のBECを用いて星の重力崩壊とそれに続いて起こる超新星爆発(スーパーノヴァ)と類似の現象の研究もなされています。原子間相互作用が斥力の状態で85RbのBECを作り、フェッシュバッハ効果を用いて相互作用を突然引力にスイッチすると、ボース・アインシュタイン凝縮体は自らの引力により収縮して小さくなっていきます。一方、量子力学はハイゼンベルグの不確定性原理に従うために、BECが収縮して小さくなると運動量の不確定性が増大します。しかし、BECは崩壊の過程で原子の数が減少するために、ある時点で運動量の不確定性が引力相互作用に打ち勝ち、崩壊が止まってBECは膨張し始めます。この現象はボースノヴァと呼ばれています。レーザー冷却を使って作られたBECは大きさが数μmという小さなものですが、そのような系を用いて宇宙で起こっている現象と類似の効果が研究できるのです。爆発後には小さなBECが残りますが、これはスーパノヴァの後に残る中性子星に対応しています。宇宙の場合は、さらに巨大な星が重力崩壊を起こすとブラックホールが形成されますが、BECで同様な実験を行うとどんなことが起こるでしょうか?このほかにもBECを用いて宇宙初期のシミュレーションを行うなど、多くの研究が進行しています。
BECを回転させたときにできる渦は、原子1個あたりの角運動量がħの整数倍しか取れない量子渦された渦となります。回転速度を増すとそのような渦がたくさん生じ、量子渦はあたかも粒子のように互いに相互作用をし、規則正しく格子状に並びます。逆に、回転速度が遅く、原子1個当たりの角運動量がħに達しない場合は、容器が回転していてもボース・アインシュタイン凝縮体は静止しています。この場合、凝縮体は何に対して静止しているのでしょうか? 地球に対してでないことは分かっています。ある研究者は銀河系の重心であると言っています。大きさが数μmしかないBECが宇宙の大規模構造に影響されているかもしれないということは、量子論と重力との結びつきを考える上でも示唆的です。
冷却原子を用いた量子コンピューターへの応用も盛んにおこなわれています。原子は離散的なエネルギー準位を持っているので、その中の適当な準位を利用して1ビットの情報を表現することができます。そのような原子を光格子を用いて配列することにより、量子コンピューターの雛型を作ろうという試みがなされています。
冷却原子を用いたもう一つの研究は、超精密測定への応用です。光格子に原子を100万個配列すれば、個々の原子の性質を高い精度で観測することができます。たとえば、2005年のノーベル物理学賞は15桁の精度で周波数の標準を確立した研究者に与えられましたが、光格子時計を用いることにより、この精度を18桁にまで向上できる可能性が生まれてきました。これは100億年で1秒しか狂わない時計ができることを意味します。宇宙の寿命は150億年程度と考えられていますので、そのような時計ができれば、不変だと信じられている物理定数の値が時間的に変化していないのかどうかを検証することすらできるかもしれません。
おわりに
アインシュタイン自身すらその実現可能性を疑ったBECは、実はその「予言」の16年前に液体ヘリウム超流動という形で実現していたのでした。しかし、2K以下に冷却された液体ヘリウムがBECであることはおろか、それが超流動になっていることすら、アインシュタインの予言以降10年以上も誰も気づきませんでした。この例は、たとえ目の前にあるものでも、そこに何かがあるはずだと信じて見ない限り認識できない不思議な現象が、私たちの身の回りにはまだたくさんあるということを示唆しています。アインシュタインの偉大さは、この「見れども見えない」現象を物理の原理だけを頼りとして発見したことにあります。冷却原子気体を用いて実現されたボース・アインシュタイン凝縮体は、レーザー技術を駆使して実際に目で見ることができます。BECは今後も世界中の研究者のイマジネーションを刺激し、新しい物理現象の発見へと我々を導いてくれることでしょう。
参考文献:
量子力学の基礎、BEC、超流動、量子情報などに関するさらに進んだ話題に関しては、たとえば、次の拙著をご参照ください。
上田正仁、『現代量子物理学-基礎と応用』、培風館