asahito Ueda, Professor
Department of Physics,
The University of Tokyo

東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 上田 正仁





書評

『現代量子物理学--基礎と応用』
 加藤 岳生 氏(東京大学物性研究所)   日本物理学会誌 新著紹介 Vol.63, No.12 (2008), p.964 掲載


量子力学の基礎に関して、ここ20年間大きな発見や発展が続いた。ボーズ- アインシュタイン凝縮(BEC)の実現や、量子光学技術の発達、量子情報処理の登場など、20年前には予想できなかったような展開が続いており、今現在も活発な研究が行われている。 しかしながら、これらの発展を踏まえた量子物理学のまとまった教科書は長く現れなかったように思う。ここでは、この分野で活発な研究を行ってきた上田氏による意欲的な教科書を紹介したい。

本著は大きく基礎編(第1章から第3章)と応用編(第4章から第7章)に分けることができる。著者のまえがきにもあるように、応用編は各章が独立しており、どの章から読み始めても差し支えないようになっている。まず基礎編では量子力学や場の量子化の復習から始まる。大きな流れは標準的な教科書に近いが、随所でとりあげられる話題は特色があるものが多い。例えば、不確定性関係を軸にした話題(非可換観測量の同時測定、スクイズド状態)、観測理論(POVM測定)、位相演算子などがそうである。

第4章は主に光の干渉効果について、第5章は原子と光の相互作用についての解説が行われる。ここでは基礎編で解説した電磁場の量子化を巧妙に駆使して、興味深い話題を可能な限り記述している。この部分は、場の量子論の具体的な応用例として、大変よい教材になっており、とても印象深い。

第6章は巨視的量子効果について、関連する話題(超流動・超伝導)について取り上げながら解説が行われる。BECを例にしながらも、非対角長距離秩序についての一般論も議論されている。難しい計算を避け、簡潔な議論によってこの現象の本質に迫るという姿勢が貫かれており、超流動・超伝導への優れた導入となっていると思う。

第7章は量子情報の説明にあてられる。様々な話題を取り扱いつつも、適切で本質的な例を提示することで、極めて簡潔で要を得た説明になっていると思う。この章で、EPRペア、量子テレポーテーション、量子アルゴリズムなどの基礎を概観できる。

総合的に判断して、本著は量子物理学分野に興味を持つ学部生・大学院生に最適な教科書であると考える。最近の研究についての解説と、基礎的な解説のバランスが大変良く、類書にはない解説が多々含まれる。ゆえに、学生だけでなく、(というよりは、むしろ学生より)量子物理学を概観したい研究者・量子力学の授業を持つ教育者にも向いていると思う。事実、私もこの本を一通り読み終えて、バラバラだった知識が統合されるような感覚を味わうことができた。同時に、膝をはたと打つ場面もたびたびあった。すべての研究者におすすめの一冊である。